【都市】徳川埋蔵金【伝説】
【内容】
童謡「かごめかごめ」の歌詞は
徳川埋蔵金の在り処を示す暗号文であり、
なんやかんやでそれを解読すると(書くのが面倒くさいので略)、
どうやら日光東照宮にあるらしい。
そんで、「かごめかごめ」を世に広めたのは松尾芭蕉で、
松尾芭蕉は実は服部半蔵らしい。
(服部半蔵は徳川家康の作った特殊部隊(=忍者部隊)の隊長で
大きな功績を残したので、その褒美に自由の身を手に入れ、
全国を旅することができたらしい)
【総評】
調べれば調べるほどに胡散臭い。
【分析】
まず、はっきりさせなきゃいけないのは、
徳川埋蔵金ってそもそも何?ということ。
そもそもの発端は、1868年。
江戸幕府が滅びて、江戸城が明治新政府に明け渡された際に、
城内の金蔵が空っぽであったことから、
「幕府の連中は金をどこかに隠しやがった」
というのが始まりらしいです。
時代の流れからいって、
幕府関係者も「江戸幕府はそろそろヤバいんじゃないか」と考え、
「チャンスがあればまた幕府を再興してやろう」ということで
お金をどこかに隠したりするのは、別に不思議なことでもありません。
しかし、この時点で、さきほどの伝説とは大きな矛盾が生じます。
つまり、1600年代後半に生きていた松尾芭蕉が、
どうして200年も先に埋めることになる埋蔵金の在り処を
暗号で全国各地に広めることができるんだ、ということです。
これは相当なミラクルです。
この伝説が本当なら、
松尾芭蕉はノストラダムスばりの予言者ということになります。
もっとも、徳川家康・家光あたりが御用金の一部を
どこかに隠したという可能性もあり、
「かごめかごめ」が指しているのはその金のことだ、
という意見もあるのかもしれませんが、
それは厳密にいうと徳川埋蔵金とは言わないような気がします。
少なくとも、糸井重里さんが一生懸命掘っていたのは、
前者の埋蔵金だと思われます(違ったらごめんなさい)。
冷静に考えてみても、徳川家康が
「さあ~、これから江戸幕府始めるぞ!」というときに
お金を日光に埋めなきゃいけない理由がよくわかりません。
また、徳川家康と松尾芭蕉は生きていた時代が微妙に違います。
徳川家康⇒1543~1616年
松尾芭蕉⇒1644~1694年
まあ、もしかしたら、
この数字自体が間違っている可能性もあるんでしょうが、
それにしても結構ズレてるなあ、という印象です。
ただ、松尾芭蕉が忍者だった可能性は結構あるような気がします。
松尾芭蕉は忍者で有名な伊賀国の出身のようですし、
「奥の細道」の記述に従うと、
歩くスピードが尋常じゃなく速かったみたいです。
松尾芭蕉の本当の目的は、
伊達政宗で有名な仙台藩(当時すごい強い力を持っていた)の
内部を調査してくるためのスパイだったという説もあるようです。
そうだとすれば、いろんな国を行き来できたのも納得がいきます。
で、肝心の「かごめかごめ」の歌は一体なんだ、ということですが、
それはいろんな説があるようで、
正解はもはやわからないみたいですね。
個人的には、「子供が作った歌だから、たいした意味はない」
ような気がしているのですが…。
長くなりましたが、まとめるとこういうことなんじゃないかと思います。
「かごめかごめ」の歌は徳川埋蔵金の在り処を示す暗号文ではない。
百歩譲って、あの歌が日光東照宮を指しているのだとしても、
別に埋蔵金とは関係ない。
松尾芭蕉も服部半蔵ではない。
但し、忍者か、江戸幕府から派遣されたスパイのような人である
可能性は結構高い。
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